ロバートさんとの興味深い人生が始まつた。 昭和五十年一月、とても寒い冬場であつた。 いつしょに住み始めた小さなアパートメントは福生駅に近い場所にあり、最初の四か月間住居したのである。
朝方、炬燵(こたつ)のテイブルでお化粧していたら、台所の方から 何かを混ぜる’ガラガラ’’ガラガラ’の音と混合して何かが’ピタピタ’’ピタピタ’と飛び跳ねる音が聞こえてくる。 その後'ジュージュー’と言う音と共に美味しそうな香りが私の方に流れてきて私の周りを優しく包んでくれていた。 心地良い気分でいた頭が突然ロバートさんの声で起こされて現実に戻されたのである。 ”Ritsuko ! The pancakes are ready. Clear the table.” が 台所の方から聞こえてきた。 大きなパンケーキを載せた二つの大皿を手に持つてお部屋に入ってきながら、ロバートさんの顔の様子は早く早くと顔で示していた。 ”When the food is hot, it tastes good.”と 言われた。 大皿に載せて有るパンケーキの大きさは私の手のひら程で、がおのおのの皿に二つのつていた。喫茶店(きーさてん)でのパンケーキの大きさは私の手のひらの半分程。 アメリカの食べ物の一人分の量が大きいと聞いたことがあるが矢張りそうみたいである。 甘いシロプをかけて小切を口に入れて食べたらカステラに近いホクホクで外面はサクサクでとてもおいしかつたあの味が今だに記憶に残つている。 ロバートさんは料理の作り方の腕前が有る、と思いながらパンケーキを頂いたのである。とても美味しかつた。 矢張り彼の言う通りで彼のパンケーキは暖かい方が凄く美味い、、、、
以前誰からか食べ物の美味しさを感じる価値を教わつたことがある。 個人おのおのが生まれた時から持つている五つの感覚の自覚である。 食べ物の美味しさを沢山楽しませてくれる感覚は耳から始まつて口で終わる。 台所で朝ご飯の支度をしていた母の日々を思い出す。 ある朝私は高校生でまだ布団の中で眠つていた。 台所の方から’ことこと’’ことこと’と、いつた音が聞こえてきて、美味しそうな味噌汁の香りで目が覚めた事を今でも記憶に残つている。 何故かあの音と供に香りが優しく親に守られている感じがしたのである。 野菜を生板(まないた)で切る音。 次に美味しそうな香りが私の居る所まで漂ってくる。 そして、起きてテーブルの所で朝ご飯を食べる時、触覚(しょっかく)、味覚(みかく)で終わる。 この五つの感覚の自覚が完全に収まると、最高の幸せ気分が心を豊かにする。との教え。 私も感じる価値を自覚するようになつている。
夕方になり、西友店で食品の買い物をした。今夜は日本料理を作ることにした。ご飯、味噌汁、焼き秋刀魚(さんま)、沢庵(たくわん)、それに私の好きな納豆だつた。 全部の食べ物が炬燵(こたつ)のテイブルに整つたので、畳に座つて、お箸をとり、食べようとしていたら、、、突然ロバートさんが秋刀魚に指さして、 ”This fish is looking at me.” と言つた。 私は一度もその様な感覚を魚に持つことがなかつたが、、、 そう言われて秋刀魚の頭の所を見つめてみると、確かに、魚にじつと睨まれている感じがするのである。 私の想像力が突然活発し始めて、魚の目が瞬(まばた)きしそうな感じになつた。が 私を見つめている様な秋刀魚にちょとだけ可哀そうな思いがした。 直ぐに現実的に戻り、ロバートさんにこう言たのである。 ”Well then,would you want me to remove the fish head ? " と、私が言てる間に、彼は魚の頭をナプキンで隠して食べていたのである。 ロバートさんはお箸を上手に使いこなしていた。魚の身を骨から綺麗にはずしていた。 彼の冗談の始まりに気が付いた。 私は茶碗に入れた納豆をお箸で何回も回してねばねばを出していた。 それからお醬油と刻み海苔を入れて、ロバートさんに”This is fermented soy bean served with soy sauce and sliced seaweed." と紹介しながら茶碗をロバートさんにわたした。ロバートさんにご飯の上に載せて食べるように指示した。数分間後、ふと、ロバートさんの納豆を食べている様子を見て、 私が大笑いし始めた。笑を止めようとひつしに頑張ったが駄目だつた。 ロバートさんは口から引いている納豆の糸をお箸で除こうとひつしに頑張っていたのである。見ていてあまりにロバートさんに気の毒に思い、 ペイパーナプキンはロバートさんの方が秋刀魚よりも必要ではないかと、おもつたので、、、 秋刀魚の頭にかぶしてあつたペイパーナプキンをロバートさんにわたした。 ロバートさんが納豆を食べる事はこれが最初で最後であつた。
食事の後、AFN Tokyo のラジオ放送を聞きながら、’chute- 5'と言う家族ゲームをしていたら、外から焼き芋おじさんの声が聞こえてきた。”焼き芋ー、焼き芋ー”てね。 ジャンケンポー あいこでしょ !ジャンケンポー あいこでしょ !ロバートさんが負けた。 彼はジャケットを着て、靴を履(は)いて寒い夜に出ていつた。 十分程かけて焼き芋を持つて返ってきた。 新聞紙に包まれた暖かい焼き芋を”これ美味しいねー” と言いながら二人で食べた。食べ終わつて時計を見たら10時半。近くにある銭湯に行く時間になつた。
私達が住んでいるアパートメントから五分程歩いた所に公衆銭湯(こうしゅうせんとう)があつた。受付の叔母(おば)さんにお金を支払い、男性用の風呂場と女性用の風呂場が分割の室内。 着ている物をぬいで品物を箱に納めた後、大きなプールの部屋に入ると、壁際には二つ水道から、冷水とお湯を使用できている。プールに入る前に身体を綺麗(きれい)に洗い落す場所。 持つて来た銭湯用の小さな用具に入れたタオルをとると、入れといたはずの石鹼 (せっけん)がはいつていなかつた。 これはまずいことだと思いながら室内の天井を見てみると室内壁の上の方が開いていた。 私が居る場所から、ロバートさんと会話ができるかも、と思い、大きな声で、”Robert san,Can you hear me, I forgot to bring my body soap." ロバートさんからの返事が私の方に返ってきた。”After I'm done with the soap,you can have mine." 約五分ぐらい程経(た)つた後、 ロバートさんからの声が聞こえてきた。”I'm done with the soap,I'm going to throw the soap over the wall; Are you ready ?" ロバートさんの位置が声で理解できたので、返事した。”I know where you are, I am ready." 壁を飛び越えている青色の石鹼 (せっけん)が見えて上手に手でつかめた。 ”Thanks, I got it." ロバートさんが、”Ok,I will meet you at the front, when you are done." ロバートさんのブルー色の石鹼が壁を越して私の方に面白そうに飛んできた様な感じがするのである。 飛んでる石鹼にすれば空中を飛びながらの情景を眺(なが)めるのは初めてであろう。 兎に角、普通に見れない風景だ。 裸の男性達と裸の女性達の目が一瞬間、飛んでいるブルー色の石鹼に集中していた情景。 突然 、、、壁を飛び越えている青色の石鹼に注目していた近所の人達にはあの夜の短い娯楽だつたかも、多分、、、。
公衆銭湯(こうしゅうせんとう)から二人で外に出てから、冬場の空を見上げて見たら沢山の星が素晴らしく輝やいている夜道を歩いていた。私とロバートさんはいつの間にか手をつないで歩いていた。寒い夜でも 彼の優しい思いやりが暖かく私に伝わつてきていた。
律子




